スナック大好き
ミサトの父親は「反社」だった。
家庭調査票では父子家庭。二人暮らし。平屋建ての隣に父親が経営しているらしいスナックがあり、“家庭訪問”のときには開店前のスナックのボックス席に案内された。
お店の中は薄暗く、父親は「すみませんね。家はちらかってて」と言いながら灰皿を勧めてきた。冷たい飲み物が入ったコップをテーブルに置いてくれたのは、父親よりも一回り以上年下と思える、いかにもという感じの派手目の女性だった。
「ミサトがお世話になっています」と女性が言う。でも、どう見ても中学生の娘がいるとは思えない。
自治体には「要保護児童対策地域協議会(要対協)」というものがあって、いわゆる「心配な家庭の家庭環境」の情報が、出生→保育園・幼稚園→小学校→中学校と逐一、まわってくる。「反社」が身内にいる場合は、もれなく、まわる。
私の脳内にインプットされている情報では、父親は41歳。ミサトは12歳。両親はミサトが小学校に入学する前に離婚している。女性は20代前半と思えるが…。
私の女性を見る視線に気付いたのか、父親は「あ、この娘は、この店を任せているママ。先月、大学やめちゃったんだって。ウチの会社のつながりで面倒みてるんだけど、アニキも大変だよね」
ウチの会社とか、アニキってなんだよ。思うけど、表情には出さない。
「先生と年はそんなに変わんないでしょ。ママ、先生に今度飲みに来てってお願いしときな」

ミサトは一言で言うと無邪気な女の子だった。人懐っこく、反抗的な態度をとったこともない、いつも笑っている生徒だった。
時折、「先生。ウチの座敷に日本刀があるんだよ」とか「先生。たまにすごい外車がいっぱいウチに来るんだけど、あの名前何て言うの?」とか、物騒な話をニコニコとする。無邪気に。楽しそうに。
お父さんのことも、“ママ”のことも、ミサトは「大好き」と話をしてくれた。“本当のママ”とも、たまに連絡をとっている、とこっそり教えてくれた。家族の事を話題にするときのミサトは、すごく幸せそうだった。ミサトが自分を取り巻く環境をどう思っていたのかは、自分には分からなかったけど、ミサトは間違いなく愛されていたし、真っすぐに育っていた。
夏休みが始まって1週間ほどが過ぎた夜8時すぎ。ミサトの父親から電話があった。
「先生。友達の家に遊びに行ったミサトがまだ帰ってきていない。俺、あの家に連絡しづらいんだよ。どうすればいい?」
「お父さん。とりあえず今から俺、そっち行きますから」
20分後、灯りが消えているスナックの中に入ると、父、ミサト、ママがボックス席に座っていた。ミサトは下を向いたままだ。
「先生。すまない。あの後、すぐ帰ってきた。遅くなったの気付かなかったんだって」
現在との根本的な違いは、当時、携帯電話がなかったこと。
で、この後、ドラマだと、父が怒り、娘が泣き、教師が止めに入りつつ、ありがたいお説教をして、ママもなぜか涙ぐんで、次回予約、とかになるんだろうけど・・・
ミサトが「先生。ごめんなさい」と笑いながら言って、父親が「わざわざありがとうございました!」と同じく笑いながら言うと、ママが「じゃあ、お店開けますね」と笑顔で言いながら瓶ビールとコップを私の前に置いた。
「いや、お父さん。俺、車ですから!」

ミサトが中2に進級した年に私は異動になってしまったので、ミサト一家のその後については分からない。
ただ、この後、『法律』が変わったので、ミサトパパの生活に影響が出たことは、なんとなく想像できた。
あの夏休みの夜から数十年、私は携帯電話を常に持ち歩き、スナックに行くときには代行の車を予約するようにしている。